どうも、イケオジ風観光案内人のぶるさんでございます。
今日も今日とて、焚き火の前で一週間の出来事を振り返っております。
……というより、どちらかというと反省会。
いや、もう少し正直に言えば、懺悔に近い時間かもしれません。
焚き火の前に座ると、不思議と自分に嘘がつけなくなるんですよね。
「最近の若者は」という言葉の正体

仕事場でも、たまに耳にする言葉があります。
「最近の若いもんはさ……」
これって、よく考えると、いろんな感情が絡み合った言葉だなと思うんです。
ネットやSNSに強くて羨ましい、というプラスの気持ち。
一方で、人との距離感が分からない、
何かと「〇〇ハラ」だと言われてしまうやりづらさ。
期待と不安と、ちょっとした戸惑い。
その全部が混ざって、あの一言になっている気がします。
のぶるさん自身も、気づけばいい歳になりました。
若い子たちの流行なんて、正直ほとんど分かりません。
でも、ここでふと立ち止まるわけです。
昔、言われてきた側だったはずなのに

よく考えたら、この道、誰もが通ってきたはずなんですよね。
だってこの「最近の若いもんは」って言葉、
のぶるさん自身も、昔、言われてきた側なんですから。
あの頃は、
「何も知らんくせに、じじいが何言っとるんじゃ」
くらいにしか思っていませんでした。
自分たちのことなんて、分かるわけないだろう、と。
まだ世間も知らない小僧だったあの頃の自分。
その感覚を思い出すと、
今の若い子たちも、ただ“今の当たり前”を生きているだけなんだろうな、と思うんです。
それなのに――
不思議なもので、昔ムカついたはずの言葉を、
今度は自分が口にしそうになる瞬間がある。
そのたびに、
「ああ、自分もまだまだ子供だな」
と、焚き火の前で反省するわけです。
それでも包み込む側でいたい理由

もちろん、すべてがうまくいくわけじゃありません。
価値観をアップデートできていない部分も、正直あります。
このままだと、
世間の荒波は渡っていけないな、と思うこともある。
昔にしがみつきすぎると、「老害」なんて言われてしまいますしね。
ただ、それもまた難しいところで。
確かに、ヒドイ人がいるのも事実。
でも、ちょっとした行き違いが、
必要以上に大きな問題に仕立て上げられているように感じる場面もあります。
この塩梅が、本当に難しい。
それでも、のぶるさん個人としては、
若手の子たちを包み込むような気持ちで接していたい。
自分がそうしてもらえたように。
それが次へ、また次へと繋がっていけばいいな、と。
だって、それが――
「イケオジ風」ですから。
焚き火の前だと、少し優しくなれる
そんなことを、焚き火の前で考えてしまいました。
焚き火は、正解を教えてくれるわけじゃありません。
ただ、火を眺めていると、
少しだけ人に優しくなれる気がするんです。
自分に対しても、他人に対しても。
もし余裕がなくなったら、
一度、焚き火の前に座ってみるのも悪くないですよ。
他の人にも、試してもらいたいなと思います。



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