焚き火と心の火加減|にぎやかな夜が少しうるさく感じた理由

エッセイ

── のぶるさんの焚き火と心の火加減 ──

どうも、イケオジ風観光案内人のぶるでございます。
相も変わらず、キャンプで焚き火の前に座っております。

ご飯も食べ終えて、あとは炎の揺らぎを眺めながら、ただ焚き火を楽しむ時間。
この時間は、何度やっても飽きません。

焚き火って不思議で、毎回少しずつ違うんですよね。
火のつき方、薪のはぜ方、炎の揺れ方。
そして何より――そのときの自分の心の状態が違う。


にぎやかなキャンプ場の夜

にぎやかな声が、少しだけ遠くに聞こえる夜。

この日のキャンプ場は、珍しくにぎやかでした。
小さな子どもたちの笑い声があちこちから聞こえてきます。

その声を聞きながら、
「楽しそうでええなぁ」と思う自分がいる一方で、
「もう少し静かでもいいかな」
なんて思ってしまう自分もいました。

別に、うるさいわけじゃない。
むしろ微笑ましいくらい。

それなのに、少しだけ気になる。
この感覚、焚き火の前に座っていると妙に気づいてしまうんです。


見え方は、心の火加減しだい

同じ景色でも、
同じ音でも、
心の余裕が違うと、感じ方がまったく変わる。

たぶんこれは、
自分の心の「火加減」の問題なんでしょうね。

今日は少しだけ、静かな火を求めていた。
だから、にぎやかさがほんの少しだけ大きく聞こえた。

外のにぎやかさを優しく遠ざけ、自分だけの静寂に潜り込む。焚き火の爆ぜる音は残しつつ、雑音だけをカットする『大人の耳栓』やヘッドホンがあれば、心の火加減を整える時間はもっと贅沢になります。

焚き火は正直です。
無理に盛り上げようとしても燃えないし、
放っておきすぎても消えてしまう。

ちょうどいい火加減。
ちょうどいい距離感。
人の心も、きっと同じです。


思い通りにならない炎が、ちょうどいい

この日は、薪が少し湿っていました。
火の勢いは気まぐれで、
パチッと火の粉が飛ぶたびに、思わず手を引っ込める。

「おっと、危ない」

そう思いながらも、
なぜかその思い通りにならなさが、愛おしく感じる。

湿った薪、気まぐれな炎。そんな『ままならない時間』を愛でるための、無骨な道具たち。自分の手で火を育てる感触が、忙しい日常で忘れかけていた何かを思い出させてくれます。

まるで、言うことを聞かない子どもみたいで。
手がかかるけど、目が離せない。

焚き火を見ていると、
完璧じゃなくていいんだな、と思えてきます。


焚き火と心の火加減

にぎやかな夜が、少しうるさく感じた理由。
それはきっと、外の音じゃなくて、
自分の心の火加減が変わっていただけ。

そう気づけただけで、
この夜は十分いい時間でした。

今日も焚き火に感謝しながら、
もう少しだけ、この時間を楽しもうと思います。

では、また焚き火の前で。

フィールドに行けない夜も、心の火加減を整えるひとときを。パチパチと音が鳴るキャンドルや、揺らぐ炎を眺めるグラスを傍らに。のぶるさんの小話の続きを、自宅の特等席で楽しみませんか。

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