どうも、くせ強キャンプ座談会 司会担当 のぶるさんでございます。
本日もキャンプの“悩みと偏愛”をつまみに、
ゆるく、深く、そしてくせ強に語ってまいりましょう。
さて、今回の議題はこちら。
「高規格キャンプ場って、ソロキャンプには向きにくいんじゃない?」問題。
まず最初に言っておきます。
のぶるさん、高規格キャンプ場は嫌いじゃありません。
むしろ好きです。

トイレきれい。
炊事場きれい。
お湯出る。
売店ある。
……もう人類の優しさが詰まっとる。
人をダメにする
Coleman のインフィニティチェア並みに、快適です。
ただですね。
ソロキャンプとなると、
時々こう思うんです。
「……なんか落ち着かん。」
実は以前、
「ソロキャンプって気を使う人ほど向いてるんじゃない?」
という話もしたんですが、今回の内容ってかなりそこに繋がってる気がするんですよね。
これ、同じこと感じたことある人いません?
■ ソロになると“求める快適さ”が変わる

高規格キャンプ場って、本当に便利です。
設備は整ってるし、安心感もある。初心者やファミリーにはかなりありがたい存在だと思います。

でも、ソロになると少し感覚が変わるんですよね。
例えば、サイトに電源がなくても別に困らない。
水道や立派なかまどが無くても、一人なら案外なんとかなる。
だって、一人なんで。
そこまで“完璧な快適さ”を求めなくなるんですよ。
高機能な炊事場がなくても、お気に入りの道具があれば、そこは最高のカフェになる。
ソロだからこそ、効率よりも『淹れる過程』そのものを楽しむ。
そんな不便の楽しみ方を、HARIOの道具が教えてくれます。
それよりも、
「静かだなぁ」
とか、
「この景色いいなぁ」
の方が大事になってくる。
便利さを削ってでも、
“自分が落ち着ける空気”を選びたくなる感じって、
前に話した「軽さとロマン問題」にも近い気がします。
■ “ちょっと不便”くらいがちょうどいい

のぶるさん、ソロキャンプでは少し不便なくらいが好きです。
小規模なキャンプ場で、静かに焚き火を見てる時間。
風の音が聞こえて、薪の爆ぜる音が聞こえる。
それだけで結構満足できるんですよね。
逆に、高規格キャンプ場は便利すぎて、少しだけ“日常感”が戻ってくる時があります。
明るい照明だったり、人の多さだったり、賑やかな空気だったり。
もちろん、それが安心につながる人もいると思います。
でも、のぶるさんはソロの時くらい、
「ちょっと不便なくらいでいい」
そんな気分になるんです。
……まあ、だからといって完全野営したいわけではないんですけどね。
虫が多すぎるのは普通に嫌です。
■ 結論:ソロキャンプは“快適さの種類”が違う

高規格キャンプ場が悪いわけではありません。
ただ、ソロキャンプになると、
求める快適さが少し変わる。
便利さよりも、静けさ。
設備よりも、景色。
豪華さよりも、落ち着ける空気。
そういう“心が休まる快適さ”を求めてる気がするんです。
そう考えると、
キャンプ場選びって設備だけじゃなく、
「自分がその時どう過ごしたいか」
で変わってくるんですよね。
このあたりは以前書いた、
「キャンプ場選びってどうしてる?」問題でもかなり語っております。
高規格じゃなくても、これさえあれば『人をダメにする』ほどの快適さは作れる。
のぶるさんがソロで愛用する、静寂と景色に溶け込むための厳選アイテムです。
さて、みなさんはどうです?
ソロキャンプで求めるのは、
便利さですか?
それとも——
ちょっと不便なくらいの“余白”だったりしますか?
それではまた次の座談会でお会いしましょう。
本日もありがとうございました。
キャンプの不便さも愛おしいけれど、
たまには『完璧な快適さ』に身を委ねて、心に究極の余白を作る。
そんな選択も、大人の遊び心ではないでしょうか。





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